2024年4月7日日曜日

RDの或る日 2024桜の季節

 土曜日から桜キャンプに誘われていたが、丁度土曜は家庭内「桜を見る会」だったので辞退。

日曜日。天気が良さそうなので、RDに乗って朝だけ顔を出すつもりで出かけた。

川代公園キャンプ場に着いた頃には、ほぼ皆か撤収準備完了!との事で、ホントに一瞬顔を出しただけ。

その後は団長とうーやんと3人で丹波の温泉に行き、飯を食べて別れた。私ゃ15時頃には家にたどり着くため丹波からは走り詰めだったが、篠山、亀岡といつものコースを巡り無事15時過ぎには帰宅。

3週間前に篠山まで試走した際に再発したRDの突然死は今回は起きず。まぁその間にタンクコック内の洗浄とカップ交換と言った地味な整備もしているが、前回の突然死の理由は恐らくタンクキャップをタンクバッグで塞いだ事による燃料滴下不足(所謂、窒息)と推定。未だ不安なのは長い登り坂でもたつくのと、ピストンリング破損からの修復時のシリンダーボーリング後は、以前よりトルクの谷がより顕著に感じられる様になった点ではあるが、この日約200㎞ほど走っても何ら問題は感じられ無かった。







本日の走行 約193㎞

2024年3月31日日曜日

水平対向ドナ・ドナ②

 春は別れの季節でもある。

18年4ヶ月付き合って来た水平対向R1200STを今朝引き取って貰った。高々二束六文にしかならなかったが。

正直、一抹の寂しさもある。

が、新しい出会いに期待。

因みに2005年に購入したR1200STでの通算走行距離 約61,000㎞

因みに 2018年に購入したSUBARU Outbackでの通算走行距離約68,000㎞

バイク海苔の風上にも置けない数字ではある。













2024年3月27日水曜日

水平対向ドナドナ①

 


18年3ヶ月乗って来た水平対向1200を売却することにした。最後の3年位は2ヶ月に一度乗れたら良い位、乗る頻度は低かった。

2005年、自分の中で現代のインパール作戦と名付けた残業の嵐のプロジェクトの中、ABSがヤラれた先代の1100に代わって主力機に抜擢したのがこいつだった。新古車で確か8000㌔位で購入したのだったと記憶している。

こいつでは色々な所に行った。

購入時は関東に居た事もあり、離婚した年の2013年春には武流さんに誘われ那須。翌年GWは南九州、夏は四国。2015年は関西に戻り、GWに徳島〜瀬戸内山陰、夏も確か山陰から北陸。2016年GWは尻の下尻屋崎。2017年GWは西九州でクラッチ焼付。それを直してその夏は紀州〜伊勢、信州と流浪した。恐らくその辺りが長距離ツーリングのピークでは無かったか?そうそう、今の女房が生まれて初めてバイクに乗ったのもこれだった。当然後ろだが。

駅前での最後の走りは、団長とはコロナ禍中の4月の淡路、そして昨年4月の課町長様との淡路になった。そういやぁ2009年の神奈川から岡山倉敷迄の年末帰省をこいつで行って、道中、尼崎で思いついた様にKiller君宅に押しかけた事も有ったな。

まあ色んな思い出を作ってくれたバイクだったが、最近は始動性の悪さに辟易していた。もう短期間長距離野宿ツーリングもしないだろうし。

とは言え、二束三文ならぬ、二束六文と言うのはチト寂しいなぁ。この時代の水平対向はどれもそれくらいの価値しか無いみたいです。

ありがとうR1200ST。不人気車だが隠れた名(迷)車です。




2023年12月22日金曜日

人生第三章

この日、33年間勤務したIT会社を定年退職した。清々した。人生紙芝居の35枚目の3枚目〜33枚を演じ切った事になる。これまでの35枚のうち最後の1枚で想定外の事態に見舞われ演じること自体が苦しかった。正直、何度途中で放り出そうかと思った程。まあ演じ切っただけでも評価して欲しいものだ。新年明けからは取引先だった会社にて第2のサラリーマン人生紙芝居が始まる。残る紙は5枚。

2023年8月31日木曜日

2023年8月5日土曜日

煩悩百迷山 今年も諦め 燕岳〜常念岳縦走

 迷走台風6号の所為で8/7〜の山の天気が芳しくない。新しく見つけたwindyなるアプリで見ると風は余り強くなさそうだが、火曜日、水曜日と日を追うごとに悪くなる予想。特に雷雨予想が3日間すべてに出ている。

折角苦労して登っても、山の上で眺望も効かず、稜線上で雷雨に遭うのは嫌だし危険すぎる。

よってこの夏も中止の判断となった。50代最後の夏は一度しか来ないのだが、私一人で登る訳でなく、まだまだ高山初心者の女房も一緒なのでリスクはなるべく避けて通りたい。よって止む無く中止と相成った。まぁ来年以降に賭けるしかない。体力は年々落ちるのだがね。