2016年11月6日日曜日

煩悩108迷山 六甲山2016/10/29 剣山2016/11/4

こちらに全て載せました。
トレーニングで行った六甲山は雨、ガスで最悪。
他方、剣山は絶好の天気に恵まれ登ってて良かったと思える山でした。

http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-998628.html


2016年9月25日日曜日

煩悩108迷山 御在所岳 2016/9/24

天候不良で折角の9連休は結局、先週の月ヶ谷での鍋とこの山行のみ。
結局この日帰り登山も雨でした。

こっちにupしてます。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-967370.html

2016夏 四国 37年前のバイクでゆく!

2016/8/19(木)晴

丹波の山奥の事務所を定時に出て、家に着いたのが7時半。荷物の最終チェックをして22時に大阪市内を出る。一時間程で神戸三宮の フェリー埠頭に到着。夏休みだからか若い連中や家族連れが多いが、バイクは私以外にはGSF1200とカブ100だけ。
夜中1時過ぎに時刻表より30分遅れで出港。これから4時間は船の旅。







2016/8/20(金)晴 後 曇、一時雷雨、後、晴



高松に5時過ぎに到着。カブのにいちゃんは八十八ヶ所巡りだという。確かに八十八ヶ所巡りにはカブは最適に思える。まだ時間が早いので琴平位まで走って適度なとこで朝飯代わりにうどんを食べるつもりで走り出すも、琴平に着いたのが7時。この時間に開いているうどん屋は一つもある筈が無く(泣)。しかも2スト特有の振動で回転計のワイヤーが外れる始末。結局、朝飯にありついたのはR32で阿波に抜け池田のコンビニだった。



池田から祖谷に抜け小便小僧前で一服。始業前と知っていて飲み友達に朝から小便小僧の写真を送りつけるのは大人気ないので止めましょう(笑)。
かずら橋は有料なので渡らずパスし、ひたすら高知を目指す。県境を越え大豊で日本一の大杉と言う看板に惹かれ見に行く。それにしても暑い☀



ただ、樹齢3000年と言う響きに畏敬の念にかられ、旅の無事を祈りお賽銭を入れたのに…御利益は無く、再び走り出した直後の大豊トンネルの真ん中で急に吹けなくなりあれョあれョと言う間に回転が落ち、止まってしまう。

来たっ!やっぱり止まった…
折しもトンネルのちょうど中間地点。交通量は少なくても、トラックがすっ飛ばして走って来る。とにかく脱出しなければと、右ウィンカーを出しながらUターンして下り坂になっている対向車線をニュートラルで下りほうほうの体でさっきまで居た大杉の道の駅迄戻る。

とにかく暑く、プラグを見る気もしない。が、再びキックしてみると明らかにかぶった感じであったが、暫くキックをし続けると漸くRDは息を吹き返した。



一体何故?タンクを覗いても燃料はまだ半分近く入っている。不思議な思いで再び跨がり、大豊トンネルに入るも、今度は無事にトンネルを通過。しかしながら次のトンネルに入った所で再び回転が落ち出しトンネルを出た所で再び止まる。タンクには燃料はある。もう何が何だか解らんまま、とにかく大汗かきながら何度もキックすると再び息を吹き返す。もうなる様になれと再び走り出したものの、ここからは下り坂だった為か?エンジンは止まらず回転も順調に吹け上がり何ら異常は再発しないままとにかく高知市内までは走る事が出来た。

国道から別れ高知駅前迄の近道の県道にスイッチ。かぶらない様にしっかり回すしか無いとスロットルを回してスピードがのってきた途端、前方に怪しい男が二人手を振っている…何?と思った瞬間。ヤられた!高知県警のワナだった。25キロ超過の三点、15000円。折角のゴールド免許が次の更新では再び青なんだと。

高知市内で鰹でも食おうと思っていたが、余りの暑さとバイクの不調、そして久方ぶりの違反検挙にただダラダラと高知市内を抜け須崎へ。
道の駅か何だかわからない物産館みたいな建物を見つけ漸く昼飯。須崎名物と言う鍋焼きラーメンを食す。熱いが旨い。



須崎から脱藩藩士の道を通り檮原へ、途中で酒と食材を買い込みハンドルを四国カルスト方面に向ける。地芳峠の旧道を通り姫鶴平のキャンプ場に着いたのは16時前。



早速、テントを張り待望のビールを飲んで高原の涼しさを満喫していたのも束の間、一点俄に掻き曇り雨がテントを叩き始めたと思ったら 、いきなりゴロゴロと雷が鳴り出す。そのうち雨が豪雨に変わり、テントから逃げ出す間もなく雷に撃たれる恐怖に怯えながら小一時間、テントに敷いたエアマットの上にうつ伏せたまま、ただひたすら雷が落ちない事を祈るしかなかった。まあ一時間もすると晴れ間が出て、何事も無かったかの様に天気は変わったのだが。

この日は本当に二度死ぬ思いを味あわされる結果だった。




2016/8/20(土)晴



未明に起きて星を見たり似つかわしくない事をしていたが、起きたのが何時だったか覚えていない。東の空にお日様が顔を見せる直前に起床。コーヒーを飲んだだけで6時半には四国カルストを後にしていた。

昨日の不調とはうって変わって、地芳峠の山道を快調に2ストロークの音を響かせながら降りて行く。R33に出ても快調。途中春野のコンビニで朝飯を食べた以外は高知市内迄全く休み無しで走る。

高知市内からは予定通りR55を室戸に向かう。どこを見回しても空の青、雲の白、森の緑しか見当たらない四国南国土佐の道を東進。途中、濡れたテントの虫干し等しながら、安田町に到着。日本酒好きなら見逃せぬ?南酒造さんの蔵元により、昨年から飲んでみたかった「南 特別純米」を二本購入。一本はご自宅用、もう一本を課町長様宅へのお土産物とする。





室戸で昼食。室戸は何年ぶりだろうか?
スカイラインには抜けず、岬の突端を回ってここからは徳島に向け北上。日差しは暑く、さすが南国などと言って居れない程、肌を刺す日差し。一昔前の沖縄の日差し。空冷2スト250にとっては厳しい条件だなとこの辺りを走りながら予感はしていたのだが…


日和佐の道の駅で休憩。課町長様と勝浦の道の駅で16時に約束したので、まだ余裕と感じられたのだが、再び走り出した途端、エンジンがグズりだす。それでも騙し騙し旧道と日和佐道の分岐まで来て、日和佐道の真ん中で立ち往生している最悪の場面が頭を過ぎり、すかさず旧道へ。やがて旧道の峠越えに差し掛かったところでやはり、今迄と同じ様にガス欠の様にアクセルを回してもついて来ない感覚ごして、再び止まってしまった。課町長に状況をメールして「オーバーヒート違うか?」と言う話も有ったのだが、プラグを見てみるとかぶっている。なす術が無いので20分位一服。再びキックしてみるとしてみると、エンジンはかかる。「しめた❗」と思い再び走り出したのだが…
果たして、日和佐道路との合流地点の手前でまたもやストンっとエンジンストップ。



もういい加減イヤにになって課長様に軽トラで迎えに来ていただくか?迄が出たものの、結局、気温が若干下がり始めた頃にキックしてみると、元気良くエンジンは回る。とにかくエンジンかかかったら、後は走るしか無いため、そこからは道に迷いながらも何とか集合場所の道の駅勝浦に到着したのは、薬草より60分遅刻の16時半だった。

課長様に恐らく5ヶ月振り位で会って、そのまま道の駅でビールを飲み始め、半ば確信犯的に、道の駅のウッドテラスで酒飲んで、寝袋にくるまって寝たのだった。


2016/8/21(日)  晴

この日は、何の予定もしておらず午後から課長様宅を後にし、課長様と一緒に徳島市内へ。夕方からこの日の宿となるビジネスホテルの近所の居酒屋で二人で飲んで、19時前に課長様は上勝に帰っていった。


2016822(月) 晴




今日も休み。徳島港から南海フェリーで二時間かけて和歌山にて渡り、大阪市内に着いたのは13時前でした。

予想した通り、ほぼ毎日トラブルは発生したが、まぁそれとて想定の範囲内。
37年前のバイクで旅に出るのは、やはり相当の覚悟が必要だ。
と言うのが良くわかった旅でした。




2016年8月16日火曜日

煩悩108迷山 燕岳〜大天井岳〜常念岳 2016/8/11〜8/13

夏休み前半、ほぼ30年ぶりに2900mまで登りました。
疲れたが、景色が最高でした。

コチラにUPしてます。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-939826.html

2016年8月6日土曜日

RDの或る日 2016/8/6 試験走行篠山迄

朝の9時すぎからRDで街を出る。ただでさえ暑い大阪だが、今日は熱中症警報迄出る始末。先週、2時間程郊外を走った感覚では高速ギアで5500回転から6000回転位で失速する感覚があった。なので今日は少し距離を伸ばして課題の洗い出し試験走行を目論んだのだ。R423は少し混んでいて最高速チャレンジは出来す。だが、低いギアで引っ張れば100㎞/h程度は軽く出るのを確認。中環から池田に出てR173にスイッチ。途中で幅寄せして来たトラックにパッシングかましたら、その後から前照灯が点灯しなくなるハプニングも…。篠山の手前、高速コーナーの登り坂の続く辺りで5速に入れ6000回転でやはり急に吹けなくなる。この後、帰りにも何度試しても5か6速の高速ギアでは6000回転で失速する傾向はずっと続いた。ただその6000回転での失速以外はさしたる気にすべき課題も出ず、最後は篠山市内まで休みなしに走って昼前に昨年来気に入っている蕎麦屋に着きお昼とする。帰りは来た道を暫く戻り、途中で峠越えの有る県道22で川西まで出て、途中で不調になる事無く2時過ぎに自宅迄帰って来た。

総走行距離143km








2016年7月24日日曜日

ワン・ツー・ファイブGо!Gо!ファイナル

結局駐輪場問題が解決せず、悩んで悩んで悩んだ結果、20歳代ではあるが親の影響か?(←間違いない❗)旧いバイクに目がない甥っ子に引き取って頂く事となり、今日滋賀の実兄の家に預けに行く事となった。思えば2014年12月にヤフオクで落札、その年末に8000㎞で我が家に来て、最初こそキャブセッティングに悩み、試行錯誤を繰り返したが、パイロットジェットとメインジェットの番手を落とす事でスッカリ解決!125ならではの思い切り回して走る事の楽しさを教えてくれた良いバイクだった。手放すのは本当に苦渋の選択だが、RDの件もあり、駐輪場問題が解決しない事が解った今、知らない人より大切に乗ってくれそうな身内の人間に末永く大切に乗って頂いだいた方が譲る方、譲られる方、お互い安心だ。なのでこの日、朝からR1、R307を通って最後のツーリングがてら実兄宅までGPを陸送してきた。




そして夕方からは逆に滋賀からRDに乗って帰って来た。



思えば2013年のK90から始まった2スト道楽。確実に90→125→250ってステップアップして、第三章ってとこやな。

2016年7月17日日曜日

煩悩108迷山 比良武奈ヶ岳 2016/7/16

流石に夏山のトレーニングせんと2500m級は苦しいやろ❢
ってことで、またまた武奈ヶ岳に行ってきた。

こっちにUpしてます。

http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-916708.html


2016年7月13日水曜日

ST ABSユニットが遂に‥

2016/7/10 (日)
朝も早ょから三方五湖辺に走りに行こうと5時にSTに跨り出掛けたのは良いが‥走り始めてからABS警告灯が点きっぱなし。そう言えば7/7にRDの名変に行った時、大阪市内の渋滞に巻き込まれ、油温計異常アラームが出始めた頃からABS警告灯は点いたり消えたり。

例えABSがぶっ壊れたとて、ブレーキ自体は仕事はしてくれるのだが。普段の感覚でなく、ブレーキが不意に抜けた様な感覚に陥りハッキリ言って気持ち良いモノでは無い。

この日も結局、嫌になって都島辺でUターンしつ帰ってきた。

昼前にディーラーに電話してから店に向かい、事訳を話し診断ツールで診てもらった結果、何とABSユニット故障の診断が‥‥
見積もるとざっと36万〜38万。今年はもうそんなに高額のお金をバイクに突っ込む気は無いので、即断出来ずに帰ってきた。

それにしてもほぼ10年乗り続けて来て、初めてトラブルらしいトラブルに見舞われてしまった❢

思えば先代の1100RSを手放したのもABSユニットが壊れ、一式交換したら数十万と言われて手放したモノだ。

この日はそのまますごすご帰ってきたが、その間は全くABSランプは正常。何だか良くわからないが、このSTで50000㎞走った今、そろそろこのSTとの付き合いも潮時なのかも知れないなぁ。

2016年7月6日水曜日

RDの或る日 2016/7/6

2016/7/1
はるばる熊本迄、トラックに乗ってRD250最終型を引き取りに行った。往復1500㎞。高校生の頃からほぼ35年憧れていたバイクなので距離は余り関係ないが、確かに疲れた。

前のオーナーが大事に乗っていた様なので、状態は良い。まあとは言え経年劣化は否めない所も有って、センタースタンドのスプリングが折れて居るのと、回転計の動きが渋い、ブレーキも何だか軟ヤワ。

でも気になる所はコツコツ直して大事に乗って行くつもり。なんせ2スト2気筒なんて今後絶滅していくしか無いのだから‥。

7/7に会社休んで登録に行って、ナンバーは付くが今のマンション駐輪場の確保の目処立たず、今暫くは滋賀の兄の所で預かって貰っている。夏迄には乗り出せれば良いのだが。

2016年6月5日日曜日

煩悩108迷山 比良武奈ヶ岳 2016/6/4

立ち飲み仲間二人と、念願の比良武奈ヶ岳(1214.4m)に行ってきた。
武奈ヶ岳も30数年ぶり、実兄と二回登り、今は亡き実父を一回連れて行った記憶がある。

この日は曇っていたのが幸いしてか、皆バテる事なく良く歩けました。
そして確実に標高を上げてきている。
膝の強化という課題も露呈したが、夏が楽しみです。
こっちにupしてます。

http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-889971.html

2016年5月5日木曜日

一人駅前企画 「尻の下尻屋崎」 2016GW

4月中旬の木曜日、その日は珍しく座って飲んでいた。
「今年の連休、どこか行くんですか?」
「何となく尻屋崎かなぁ」
「それどこですか??」
「下北半島の先っぽ。」
「バイクで???何があるんですか????」
「なーんも無い。野生の馬と灯台があるだけ。」
「・・・・・」

遠くに行きたいという気持ちが17年ぶりに尻屋崎の地名を思い出させたのだろうが、、、、
少し相手を驚かせたいという気持ちも正直あっただろう。
それと此処の頁をいつまで経っても催行年月日未定で置いとくワケにも行かず、、、。

http://www.ekimaerindows.com/main/kiseki/x02/x02index.html

だから目的地は尻屋崎のみ。


2016/4/29(金) 晴後曇後雨

 
第二京阪経由、名神経由で中央道に入る。
昔に比べれば暖かくなったとはいえ、恵那峡まで来るとさすがに寒く電熱ウェアをつなぎの下に仕込む。天気は快晴、諏訪まで来て、漸く西日本から東日本に来たなと実感。

 

八王子から最近開通したのだと思しき圏央道に入る。
晴れてはいるが、異様に風がきつい。
高架の多い高速では突風でバイクが持っていかれそうで、正直怖い。
もう30年近く大きなバイクに乗っているが、何年乗っていてもこの強風下での怖い感覚は抜けない。それはあの98年の竜飛での転倒以来。


 
会社員となった初年度、所謂佐野絶望工場時代に研修で居た事のある佐野。そのSAで。
あの頃、日がな一日白いナッパ服を真っ黒にして働いても、夜は不味い寮の飯は食えず。
結局、近所のラーメン屋でビール飲んで佐野ラーメン食ってたなぁ。
あの頃はまだ佐野ラーメンなんて今の様にメジャーじゃなかった。
なんせテント張りのラーメン屋が多かったもんな。
 
 
 
東北道を黒磯くらいまで来てテントを張るつもりだった。
電話してみると、予約で一杯。フリーサイトでもテントは一張りも張れないと言う。
野宿を「キャンプ」だのと言って近年流行の様だが、この異常な過熱ぶりは何なんだ?
とは言え、91年のGWにも山梨でキャンプ場を探し回ってどこも一杯だった記憶がある。
 
仕方が無く、猪苗代のキャンプ場に電話する。
「泊まれますが、雨風強く、寒いですよ」と東北訛りですまなそうに管理人氏は言う。
けど行くしかない。
結局、管理人氏の配慮でBBQ場の屋根の下にテントを張る。
 

 
この日は豚うどんすき。
まあどこまで行っても、駅前の人間は「鍋」しかない。
その後、秋川のリターンライダーの59歳の人も来て、同じ屋根の下にテントが二張り。
深夜、何度か強風と横殴りの雨が吹き荒れていたが新しく導入した羽毛シュラフで快適。
それよりも、一気走りの影響がもろに腰にきて、、、、この日から旅の間はずっと腰痛に悩まされる結果となった。

総走行距離 787.9km

2016/4/30(土) 豪雨後曇後晴


 
漸く雨が上がり晴天の予感がする早朝の猪苗代湖。

 
猪苗代ICから直ぐに磐越道の人。
郡山から東北道にスイッチするが、このあたりのクルマの流れの速さは一体何なんだ???
地元ナンバーや、仙台、宮城、岩手辺りのナンバーを付けた東北のクルマは異様に飛ばす!
140km/hなんて当たり前、豪快にアクセルを踏むのだろう、リアがぐんと沈んで加速する車の多いこと。恐怖すら感じる。
そんなクルマの後ろについて順調に走っていると、時たまいきなり追越車線が渋滞。
その先頭には大体、首都圏ナンバーの小箱車か、メルセデス、BMなどの流れを読めない都会の自己中車が多数。
相当、地元車にストレスたまるだろうね。
 
 
この日もほとんどが高速移動なので、途中休憩一回くらいで盛岡まで来た。
ジャジャ麺なるモノを初めて食す。まあ美味。
結局この手の地元B級的な麺は自分で味をつけさせるのが人気の秘訣みたい。
伊那のローメン然り。
まあ伊那のローメンよりは確実にジャジャ麺の方が美味いが。

 
盛岡から下道。
下道を走っていて思うのは、この辺りから青森までは同じ東北でも、福島や宮城、岩手南部に比べると丘状の上に街があって、純日本的な風景というよりは北欧に近い印象を受けた。
まあ北欧なんて行った事が無いが。
途中、二戸の金田一温泉でひと風呂浴びたりしていたら、結局、八戸までたった100㎞弱に4時間掛かってしまった。
 
 
おまけにこの日は矢沢永吉のコンサートが八戸であった様で、、ホテルは軒並み予約で一杯。
ようやく見つけた本八戸駅に近いビジネスホテルは6800円、、、。
滅入ってばかりも居られないので、洗濯が終わったら八戸屋台村に繰り出す。二軒をはしご。
一軒目はビール二杯で出てきて、二軒目は呼び込んでた店のお姉さんに釣られる様に入ってしまったが、これが大正解。10人くらいしか入れない店だが、色んな地方から来た客がいては話を聞いていて面白かった。
 
たまたま右隣に居た(奥さんが石川さゆり似の別嬪さんの)石巻の夫婦とは昔、震災前に石巻に行った事があるとの話をしたことから話が弾み、地震の時にたまたま彼らの家が高台にあって助かったこととか、大阪人には中川家の漫才通りの変な人が多いこととかで盛り上がった。
そこに北海道の北見から来たと言う賑やかな男女三人組がやって来て、網走はこの季節にまだ雪が降ってるという話でさらに盛り上がり、最後は左隣に座っていた奥さんが高知出身、旦那は神戸出身という夫婦と話していたところでタイムオーバーだった気がする。
この旅で他の旅人と会話が弾んだのはこの日が最後だったが。
 
総走行距離  448.6km
 
 
2016/5/1(日) 曇後快晴後曇後雨後晴
 
 
八戸を6時半に出たころには曇っていた。
三沢まではまだ曇り、薄暗い空の下、農地か荒地か解らないモノトーンの風景の中を、単調な国道で北上を続ける。ここまで天候と風景の演出が徹底していると、最果て感はあるな。
原燃の中間処理施設や、射撃訓練場など、まあ都会近郊には置けないものを全部持ってこられたこの国のタブーみたいなこの辺りだが、、、、。
 
東通村に入ると今までの曇天が嘘の様に一気に青空が広がる。
下北半島の東北の端っこだけに、海流や風向きでの関係か、そこだけが天気が違うのかも知れないな。



 
尻屋崎に行く前に、昔から気になっていた地名「尻労」・・・しつかり、、、に寄ってみた。
昔は陸路もなく、尻屋から船でしか行けなかった集落だったとのことだが、今の時代はバスまで通っている。
イカ釣りが盛んな漁港らしく、勝手にイメージしていた「陸の孤島」感は見事に外れた。
ここで大阪出身で震災の復興支援で来て、今は塩釜?で働いているというオッちゃんに出会う。
大阪に休みの度に戻るのも面倒で、軽トラを改造したキャンピングカーで東北を一人で気ままな旅に出ているらしい。
まあ傍から見たら羨ましいといわれる部類の人。
私と同じ匂いがするが、、世間常識的にはやはり変な人が多いね、大阪人って。

 
で、遂に尻屋崎にやって来た。
寒立馬が草を食んでいる。

 
このアングル。
昔、RMX250でも撮ったな。あれは99年。
 

 
一人「尻の下尻屋崎」敢行!
ここまで来た!と関係者多数にメールを送る。
勿論、先日一緒に飲んでいた某人にも、、。

 
寒立馬の背後から撮る。
尻しか写っていない、、、。
これ相手が人間の女性であったら完璧に犯罪(笑)
まあそんな事は常識のある大阪人だからしないが。
 
尻屋崎を折り返し点に南下して帰る。
むつ市内までは晴れていたが、青森市内に出るまでに既に陸奥横浜辺りでは曇天に戻っていた。
天気予報では青森は曇り、けど空の感じでは雨が降ってもおかしくない雰囲気。
今まで走ってきた所の桜はどこも散り始めていたし、、、、。
この時、弘前まで足を延ばす事すら考える余裕がなかった。
尻屋崎しか眼中になく移動してきたので、天気が悪ければ良い所まで帰ればよいと、青森中央から再び東北道の人。
弘前城があったな~と気づいた時には既に、秋田の小坂まで移動していた後だった。

 


 
で、この日は結局「この先積雪、八幡平方面通行止め」という看板にビビりながら、小雨の降る中を玉川温泉を横目に見ながら只管南下、田沢湖の市営キャンプ場で走り止め。
夕方になって漸く太陽が覗き、メールを確認すると「弘前城の散り桜は見ることできました?」とのメッセージ。
嘆いても後の祭り。
 
総走行距離 448.4km
 
2016/5/2(月) 曇後晴
 


 
田沢湖は9年ぶり。
いつまで経っても歳を食わない辰子姫。そこの祠の桜がまだ咲いているのを見て、青森よりも秋田の方が開花が遅かったと旅の途上で誰かに聞いたことを思い出す。
ならば、鹿角の桜はきっと綺麗なはず、、、。

 
と、訪れてみたものの、見事に散ってしまった後だった。
咲いていたのは  川沿いの桜並木のある通りの端にあった枝垂れ桜のみ、、残念。


 
この日は横手の蔵元に寄りたくて、ちょっと時間を使って朝から田んぼのど真ん中の中里温泉に入るなど余裕。
横手で100年続いているという「浅舞酒造」さんで土産用、ご自宅用(所謂、旅の途上で飲む酒)を仕入れ、後は再び南下を開始。



 
途中、鳥海ブルーラインに寄りクネクネ道を堪能。
余裕でいたが、新潟の村上に着いた頃には既に4時前。
この日は上越まで行きたかったので、もう帰りには使わないと心に決めていた「伝家の宝刀」(高速移動)を遂に抜いてしまう。

 
新潟県を侮ってはいけません。
海岸線がひたすら長い。(地図で見れば一目瞭然なのに、、、)
結局、上越の大潟キャンプ場についたのは6時前だった。
ここ迄来ると昨日までの東北の寒さは何だったんだと言う位、暑くて仕方がない。
新潟限定のサッポロビールを飲んで、目先を変えて焼きそばを作って食ったら、もう良い子は寝る時間。「浅舞酒造」さんの「天の戸 氷晶」を飲んだら瞼があかなかった。
 
総走行距離  496.0km 
 
2016/5/3(火) 晴後曇後小雨 後半強風
 


 
少し早めに大潟を立ち、親不知で休憩。
煙草を吸わなくなったせいか、一旦走り始めると2時間でも3時間でも延々と走り続ける傾向にあり、意識的に休憩を入れないとハムスターになってしまいそうなので、コーヒーばかり飲みたくもないのだが、コーヒー休憩。
それにしてもこの日差しは既に夏のモノ。
まだ5月に入ったばかりというのに、、、、。

 
R8を只管南下、富山市内の高架部分から立山方面を望む。
剱岳は写っていないか、、、。

 
富山に入るといきなり強風。
何だか初日にも風に悩まされたが、ここにきてまた風に悩まされるのか。
しかも新潟では晴れていた天気も、何だかこのあたりから雲行きが怪しい。
R41にスイッチして、飛彈側に入ったあたりで、小腹がすくので五平餅でも食す。
ここでも圧倒的な強風、ここに来るまでにタンクバックを風で持っていかれそうになったり散々。
 

 
漸く着いた油坂峠(岐阜と福井の県境)
高山からせせらぎ街道を選んだのだが、九頭竜まで抜けようと考えるのだったら、R158を使うほうが賢明だった。
せせらぎ街道で郡上八幡に出る手前で県道82に乗り換え、白鳥方面に抜けようと企てたのだが、確かに20年前の昭文社のツーリングマップルでは、繋がっている様に見えるも、実際足を踏み入れると林道、未舗装の峠越え。
断念して素直に郡上八幡まで出て、R156で白鳥に出る始末。
その時点で、午後1時を過ぎてしまい、県道での時間のロスが後で響いた。

 
強風の中、九頭竜までやってはきたものの、この時点ですでに意識はマキノのことしか頭になかった。

 
で、福井から今庄経由R365で滋賀の木之本に出て、漸く着いた駅前の原点、「マキノ知内浜」だったが。見るからにサイトは一杯。
しかも一泊で5400円だと。
バイクのツーリングの人は東屋の手前あたりで1500円でいいですと言い直してやがったが、、、
完全にあのマキノ浜はもう我々のモノでは無い別世界となってしまった様だ。
こんなところで泊まりたくもないので、「昔からこんなに高かったでしたっけ??」と嫌味を残して去ってきてしまった。
 
尻屋崎を出たころから。
今回の旅の締め括りは、風が吹こうが雨が降ろうが、原点「マキノ」でテントで過ごすと考えてきたが「こんな終わり方はないよね」と一人落胆。
 

 
そのままの足で、大阪まで一気に帰ってしまい、午後8時半前。無事帰投。
 
総走行距離 616.7km 
 
今回の旅の総走行距離 2787.6km